葬儀の簡単手引き

   

葬儀で遺族への声かけを考えてしまう人へ

年齢を重ねれば重ねるほど、葬儀に参列する機会も増えてくる。
もちろん若い世代であってもその機会はもちろんあり、年齢を問わず経験がなければないほど
その場での対応、特に遺族への声かけに戸惑うことも多いはずだ。
おめでたい席では、相手にかける言葉はいくらでも出てくる。
しかし、その逆となると気持ちを慮って、なんと声かけをしたらよいか分からなくなってしまう人も
少なくないだろう。
こう言ったら失礼かな?こんな言葉は不適切かな?といつも以上に言葉を選んでしまうのではないだろうか。

遺族への声かけの第一声としては「ご愁傷様でございます。」がごく一般的である。
これは声かけというよりは、葬儀での挨拶と言ってもよいのではないだろうか。
葬儀の場でなくとも、訃報を聞いたらまずいうのがこの言葉だ。
英語ではこれを「I’m sorry」で済ませるのだから
いかにも日本人らしい奥ゆかしくまた、丁寧な声かけである。
これはこれで、単純な挨拶ではなく様々な想いを込めて伝えることができる深い言葉である。

遺族との関係性にもよるが、近しい人間ほどこの言葉は使わないのではないかと感じる。
私が遺族側となったとき、近しい人間はほとんど「ご愁傷様です。」と言わなかった気がしている。
故人のことを話してくれる人、体調を気遣ってくれる人、様々だったがどの言葉もどの声かけも
力になったことをよく憶えている。

葬儀の際は、遺族は思いの外バタバタしており、なかなかお声がけする時間もないかもしれない。
そして精神的にも非常に不安定だ。
遺された人間は悲しみを乗り越えてこれからを生きていかねばならない。
そんな状態のとき、言葉ではなくそっと肩に手を置いてくれた人、手を握ってくれた人、
何も言わず何も聞かず抱きしめてくれた人たちの言葉のない言葉がとてもあたたかかった。

もちろん我々日本人は、このようなスキンシップを誰にでもできるわけではない。
日頃からスキンシップを当たり前とする欧米諸国とは違うので
どんな場面でも「恥ずかしい」という気持ちが先に出てきてしまい、なかなか難しいことだろう。
けれど、普段はしないからこそ、葬儀というお別れの場でのそれはどんな言葉にも勝るのではないだろうか。

言葉はもちろん大切であり、言葉で救われることも多くある。
しかし、言葉なき言葉で伝わることも多くある。
表情や目、それだけでも気持ちがあれば伝わることがある。

葬儀のときは、なんと声をかけたらよいか分からず、通り一遍の挨拶になってしまうこともあるだろう。
けれど、悼む気持ちがあればどんなことでも遺族にとっては救いとなるはずだ。
故人への気持ち、遺された人たちへの気持ち、うまく言葉に出せなくてもその人たちに寄り添う気持ちがあれば、
きっと伝わると思っている。
その場では、心の整理がつかず通り過ぎてしまう言葉や行動でも
少し時間が経ってから必ず振り返える時間ができる。
その時、ふと思い出した時、必ず伝わる。

大往生、病気との闘い、事故や自死での突然の別れ。
別れ方は様々で、遺された人間の痛みも苦しみも全て違う。
どんな言動も行動も何が正しいのか、何が救いなるのかなんてこちら側からは想像もつかない。
だからこそ、多くを考え過ぎず、どんな風に寄り添うか、物理的ではなくても、
そんな風に考えられるようになれれば素敵なことなのではないだろうか。

最後の別れを告げるから「告別式」
大切なのは、そこからの日々だと思う。
気持ちを行動と一緒に言葉として表現して、相手に伝えることができるようになったら
こんなに幸せなことはないのではないかと思う。

「かける言葉がない。」「なんと言ってあげたらよいか分からない。」
そんな場面は、生きていると山ほどある。
そんなときにまずは、そっと相手の肩に手を置くだけでもきっと伝わる。

マナー , 告別式 , 声かけ , 挨拶 , 葬式 , 言葉遣い